Story
合格者のストーリー
高校3年生の8月、林 優妃さんは突然の体調不良に見舞われ、緊急手術と入院を経験した。療養生活の中で、英検準1級の取得まで積み重ねてきた一般受験への道が閉ざされた瞬間だった。
熊本信愛女学院高等学校という、朝7時半から夜7時まで授業が続くカトリック系の厳格な環境で、林さんはボランティア活動にも英語学習にも真摯に向き合ってきた。その努力を、突然の入院が根底から揺さぶった。しかし林さんは、その逆境を前に立ち止まらなかった。退院後すぐに、聖心女子大学 現代教養学部教育学科への指定校推薦合格を掴み取った。失敗も挫折も、彼女にとって前に進むための燃料だった。
カトリックの環境が育てた、自発的に動き続ける力
熊本信愛女学院高等学校は、日本カトリック学校連合会に加盟する中高一貫の女子校だ。朝7時半に授業が始まり、夜7時まで続く長い学校生活の中で、生徒たちは1日4回の礼拝を捧げる。朝のホームルーム後の礼拝、昼の黙想、夕方の祈り、そして寮では就寝前にも祈りの時間がある。宗教的な規律と時間の密度が、日常の骨格を作っていた。
林さんは小学生の頃から、並外れた行動力を持つ子どもだった。ピアノ、クラシックバレエ、生け花、書道、塾、ダンス、ボーイスカウトと、7つの習い事を同時にこなしていた。しかもそのすべてを、親に言われたからではなく「自分がやりたい」と言って始めていた。埼玉から熊本に引っ越した後も、地元の塾で中学受験対策を開始し、熊本信愛女学院への合格を自分の力で掴んでいる。中学・高校を通じてカトリックの精神の中で過ごしながら、林さんは「誰かの役に立って社会をより良くすること」を自分の軸として育てていった。学校内でもペットボトルキャップ回収ボランティアとコンタクトレンズケース回収ボランティアのリーダーを務め、受け身ではなく自分が動くことを選び続けた。
普通コースから特進コースへの移籍も、自発的な選択だった。長い授業時間の中で評定を4.0以上に保ちながら、茶道部の活動にも真面目に向き合う。ルーティンをきちんとこなしながら、自分のやりたいことに向かって動き続ける力。それがカトリックの環境の中で磨かれていった林さんの強さだった。
「人の役に立ちたい」という想いが向かった先
林さんは早い時期から、人と人との関わり方や教育の力に強い関心を抱いていた。「幼少期の大人の接し方や教育方法に興味を持つようになった」と林さんは言う。人が人に与える影響力の大きさへの理解が、後に子供食堂でのボランティアへ、そして教育学科への志望へと繋がっていく。他者への深い関心と貢献への動機が形になっていくプロセスは、林さんの志望理由書の根幹をなすものだった。
子供食堂での出会いが変えた、教育という選択肢
高校2年生の夏頃、林さんは子供食堂での学習支援ボランティアを始めた。そこで出会ったのが、不登校で学習が大幅に遅れていた中学3年生の生徒だった。受験まで残り少ない時間の中で、林さんは焦らず基礎レベルから一緒に勉強をスタートした。「何ができて、何ができないかをまず整理することから始めた」という。単に問題を解かせるのではなく、その生徒が自信を取り戻せるよう、できることから積み重ねていく指導を続けた。週を重ねるごとに生徒の理解が深まり、表情が変わっていくのが手に取るようにわかった。
そして、その生徒が志望校合格を果たした。合格の報告を受けたとき、林さんの中に確信が生まれた。「人生にポジティブな影響を与えられた」という感覚は、それまでの経験の中で感じたことのない充実感だった。「自分は教育という分野に関わっていきたい」という思いが、初めてはっきりとした輪郭を持った瞬間だった。ボランティア活動は目立つ実績ではないかもしれない。大会の優勝でも、メディア掲載でもない。しかし林さんにとって子供食堂での経験は、教育学科を志望する理由の核心であり、誰にも真似できない「自分自身の物語」だった。その一貫性こそが、志望理由書の最大の強みになっていく。
「人生にポジティブな影響を与えられた」という確信
指導した生徒が志望校に合格したことで、林さんの教育への関心は抽象的な「好き」から、具体的な「やりたいこと」へと変わった。「誰かの役に立って社会をより良くすること」という言葉が、単なるきれいごとではなく、実際の体験に裏打ちされた言葉として志望理由書に刻まれることになる。自己分析においても、この体験は大きな意味を持った。大量の本を読み、心理学や教育学、社会学の視点を吸収しながら、「自分がなぜ教育に関わりたいのか」を言語化していった。志望理由書は、その自己分析の集大成だった。
高3夏の緊急手術──一般受験断念という試練
高校3年生の8月。林さんは突然の体調不良に見舞われ、緊急手術と入院を経験することとなった。退院後も体調が安定しない状態が続き、勉強どころか日常生活もままならない時期が数ヶ月にわたった。
英検準1級まで取得し、評定を4.0以上に保ちながら、一般受験に向けてコツコツと積み上げてきた努力。それが突然の入院によって、大きく揺らぎ始めた。退院後も、体調は読めなかった。今日は大丈夫でも、明日はどうかわからない。「体調のボラティリティが激しいまま、このまま一般受験まで走れないだろう」という言葉が、心の中でだんだん大きくなっていった。それは敗北ではなく、現実と向き合う選択だった。学校の先生と相談しながら、林さんは一般受験断念という決断を下した。
聖心女子大学を選んだ理由──リベラルアーツへの憧れと志望理由書の作り方
聖心女子大学を選んだ最大の理由は、リベラルアーツ教育への憧れだった。「高校生の段階で学部を決めたくなかった」と林さんは言う。早い段階で専攻を固定せず、幅広い分野を学んでから自分の進む道を選びたいという思いが、高校1年生の頃からあった。聖心女子大学の現代教養学部は、1年間リベラルアーツとして多様な分野を学んだ上で、2年次以降に専門学科へと進む仕組みをとっている。「大学でいろいろな出会いがあると予測していたし、本当に学びたいと思った学部で学びたかった」という林さんの思いと、聖心女子大学の教育理念が一致した。
志望理由書の作成では、自己分析から丁寧に始めた。大量の本を読んだ。教育、心理学、社会学、女性のキャリアに関する本を手当たり次第に読み込み、「自分はどんなことに関心を持っているのか」「社会にどんな価値を与えられるのか」を徹底的に掘り下げた。その自己分析の過程で見えてきたのは、2つの軸だった。一つは教育への関心、もう一つは女性の健康課題への問題意識だ。自分自身も体調と向き合いながら学業に取り組んだ経験を通じて、「女性が常に目標に向かって頑張り続けるには体のコンディションを整えることが大事」という気づきが、自分の中に強く根を張っていた。この2つの問題意識が、志望理由書に深みと一貫性をもたらした。
指定校推薦は「孤独な戦い」だと感じていた林さんだが、学校の先生のサポートによって孤独を乗り越えた。添削の回数を重ね、言葉を磨き、「自分の言葉」で書ける志望理由書に仕上げていった。「塾があった方がいい」「1から全部自分で自己分析するのは時間もかかるし難しい」というアドバイスには、その孤独な戦いを経験したからこそ言える説得力がある。
指定校推薦で評価された活動実績と人物像
林さんが指定校推薦で合格するにあたって、複数の要素が重なり合って評価された。まず土台として機能したのが、英検準1級と評定4.0以上だ。英検準1級は、一般受験の準備として取り組んできた成果だった。一般受験を諦めることになっても、英語力という財産は残った。次に活動実績だ。子供食堂での継続的な学習支援ボランティア、学校でのボランティアリーダーとしての経験。これらは単発の実績ではなく、長期にわたって続けてきた活動だった。「なぜそれをやったのか」「そこから何を学んだのか」を自己分析で深掘りできていたからこそ、志望理由書や面接で一貫性のある言葉として語ることができた。さらに人物面では、自発性と主体性が評価された。小学生時代から習い事を自分で選んで始め、高校でもボランティアリーダーを務めた経緯は、「自分から動く人間」というメッセージを一貫して発信していた。
「1から全部自分で自己分析するのは時間もかかるし難しい」と林さんは言う。指定校推薦は提出書類が少なく見えて、その分だけ「自分を深く知ること」が問われる入試だ。活動実績の有無だけでなく、その経験から何を考え、どう行動したかを言語化できるかが、合否を分ける。
聖心女子大学が開いた新しい世界、そして後輩へのメッセージ
聖心女子大学に入学した林さんは、1年間のリベラルアーツ教育を通じて様々な分野を学んだ。そして2年次からは、ずっと関心を持ち続けてきた教育学科へと進んだ。「1年間の猶予が与えられる環境に感謝」という言葉の通り、焦らず自分のペースで進む先を選ぶことができた。大学生活では、学業だけにとどまらなかった。女性のキャリアデザインを支援する学生団体を自ら立ち上げ、12人のメンバーとともに毎月3つのイベントを継続開催している。学生と経営者の交流会、団体内部の交流会、そして看護師とコラボしたヘルスケアコンテンツの提供。中高時代から関心を持っていた女性の健康課題に、大学生として具体的にアクションを起こしている。
後輩たちへのメッセージはシンプルだ。「完璧を求めず、失敗を恐れず、まずやってみること」。この大切さを、自らの体験を通して伝えている。指定校推薦という入試方式を選んだことを、林さんは後悔していない。一般受験という選択肢が突然閉ざされたことも、今となっては「自分の理想の学びを受けられる場所」に辿り着くための道のりだったと語る。逆境は、終わりではなかった。それは、本当に向かうべき場所への出発点だった。

