Interview Feature / 合格者インタビュー

文星芸大附属・インターハイ3年連続の卓球選手が慶應SFC総合型選抜合格|スポーツ推薦を蹴った戦略

文星芸術大学附属高等学校 → 慶應義塾大学 総合政策学部(SFC)総合型選抜合格

「せっかく勉強6年間やってきたのに、スポーツ系は違う」。筑波・早稲田・順天堂からスポーツ推薦の声がかかる中、女子1人で男子校の卓球部を新設した高校生は総合型選抜で慶應SFCを目指した。インターハイ3年連続・国体ベスト4の実績を「スポーツとジェンダー」の研究テーマに変え、面接官と笑って終わった学校史上初の慶應合格者の全ストーリー。

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文星芸大附属・インターハイ3年連続の卓球選手が慶應SFC総合型選抜合格|スポーツ推薦を蹴った戦略
出身高校
文星芸術大学附属高等学校(栃木県・私立)
合格先
慶應義塾大学 総合政策学部(SFC)
入試方式
総合型選抜
準備期間
高校3年生から

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Contents

この記事でわかること

リアルなストーリー

女子1人で男子校の卓球部を新設した高校生が慶應SFC総合型選抜に合格するまでのリアルなストーリー

探究活動の作り方

スポーツ実績を総合型選抜の研究テーマ・志望理由書に活かす方法

志望理由書の秘訣

スポーツ推薦vs総合型選抜—どちらを選ぶべきかの判断基準

受験戦略と面接対策

面接でパニックになってもリカバリーできた面接対策の実際

こんな人におすすめ

  • 卓球や他のスポーツで実績があり総合型選抜を検討している高校生
  • スポーツ推薦と総合型選抜どちらを選ぶか迷っている受験生・保護者
  • 慶應SFC総合型選抜の研究テーマ設定に悩んでいる受験生
  • 塾なしで総合型選抜に合格できるか知りたい地方の高校生

Key Points

今回の合格を支えたポイント

01

Point 01

自分の原体験がそのまま研究テーマになった

女子1人で男子校の卓球部に所属したという唯一無二の体験が「スポーツとジェンダー」という研究テーマの核になり、面接官から「こういうことはあんまりやってないよね」という共感を引き出した。

02

Point 02

スポーツ×ジェンダー×経営の三つの掛け合わせ

単なる「ジェンダー問題」ではなく、男女混合スポーツの普及・経営・地域部活支援という三つの視点を掛け合わせることで、解決策がないからこそ深掘りできる研究テーマを設計した。

03

Point 03

面接でのパニックからリカバリーして合格

最初に違う答えを言ってしまったが「すいません、もう一回」と素直に言い直し、最終的に面接官と笑って終わった。失敗を引きずらない素直さが評価された。

Profile

合格者プロフィール

佐久間 芽生
「「自分にしかできない受験だと思って」」

佐久間 芽生

さくま めい

出身高校
文星芸術大学附属高等学校(私立・理系)
合格大学・学部
慶應義塾大学 総合政策学部(SFC)
入試方式
総合型選抜(AO入試)
第一志望
慶應大学 SFC 総合政策学部
英語資格
英検2級
最終評定平均
4.0以上
部活
卓球部
準備期間
高校3年生から
インターハイ3年連続出場 国体ベスト4・県大会優勝 小学生全国ベスト8・団体優勝 生徒会活動・卓球部新設
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Story

合格者のストーリー

「せっかく勉強6年間やってきたのに、スポーツ系は違う。」

筑波大学・早稲田大学・順天堂大学からスポーツ推薦の声がかかった時、佐久間芽生さんはそう感じた。インターハイ3年連続出場・国体ベスト4という実績を持ちながら、スポーツ推薦ではなく慶應義塾大学SFCへの総合型選抜を選んだのだ。

しかも、SFCの存在を知ったのは高校2年生の夏。塾なし。地元栃木県宇都宮市に総合型選抜の塾はほとんどなかった。学校でも前年に2人が受けて2人とも落ちているという「前例の呪い」があった。

それでも彼女は合格した。しかも「面接官と笑って終わった。百パーだと思います」という確信と共に。学校史上初の慶應合格者(女子)という快挙だった。女子1人で男子校の卓球部を新設した中学時代の孤独。端っこで1人練習して帰る日々。小学6年生で四天王寺からのオファーを断った決断。これらの体験が全て「スポーツとジェンダー」という研究テーマに昇華され、慶應SFCの審査官の心を動かした。

栃木県宇都宮市。文星芸術大学附属高等学校は、中高一貫校と男子校に分かれている特殊な構造を持つ私立校だ。中高一貫校は中学から入って勉強中心の進学校。硬式野球部が甲子園に行くと大きく注目される環境で、国立大学や私立大学を一般入試で目指すのが当たり前の学校文化だった。総合型選抜の知見がある先生は、1人もいなかった。

佐久間さんが卓球を始めたのは小学生の頃、父親の興味本位がきっかけだった。地元の強豪チームに所属し、持ち前の負けず嫌いで頭角を現す。シングルスで全国ベスト8、団体戦では全国優勝と準優勝を経験した。小学6年生の時には、日本で一番強い卓球の強豪校として知られる大阪の四天王寺からお誘いを受けた。卓球選手として最高の環境に飛び込めるチャンスだった。しかし佐久間さんは、親に「本当にいいの?」と5回問いただされても、進学校への進学を選んだ。「卓球1本で生活できるのはごくわずかな人」。小学6年生にして、自分の将来を客観的に見つめる力を持っていた。この判断が、6年後の慶應SFC合格への伏線になるとは、まだ誰も知らなかった。

中高一貫校に進学すると、最初の壁がすぐに立ちはだかった。学校に卓球部がなかったのだ。佐久間さんは学校に掛け合い、ゼロから卓球部を作ってもらった。しかし練習場所は男子校側しかなく、男子校の高校生たちに混じって練習する形をとることになった。中学1年生の女子がたった1人、身長170cmから180cmの男子高校生に囲まれる。部室は男子用しかない。トイレも女子用がない。監督も女子の指導経験がなかった。

「端っこで1人で来て、練習して帰って」。佐久間さんは当時をそう振り返る。身長140cm程度の少女が大きな男子高校生を前に引いてしまい、台の端で1人でサーブ練習をして、そのまま帰る日が何日も続いた。話しかけようにも、女子と男子、中学生と高校生という二重の壁がコミュニケーションを阻んだ。孤独だった。しかし佐久間さんは通い続けた。自分で作ってもらった部活を、自分がやめるわけにはいかなかった。少しずつ打ち合いの相手になってもらえるようになり、男子高校生の強烈なスマッシュに食らいつく中で、佐久間さんの卓球は着実に強くなっていった。

コロナで大会中止、同期からの距離感――「誰にも言えなかった」高校時代

中学1年生の最後にコロナが発生し、中学2年生は大会が全部なくなった。「青春真っただ中」をコロナが直撃し、どこに向かって走っていけばいいのか分からない状況に陥った。それでも佐久間さんは練習を続け、県1位、関東大会出場を果たす。

高校に上がると新たな壁が待っていた。同期が高校から入学してくるが、県大会で優勝していた佐久間さんに対して、同期は距離を置いた。話せる相手がいない状況。思春期で先生との距離感も分からなくなる。「誰にも言えなくて、それが一番」辛かったと佐久間さんは語る。しかしこの時期を乗り越えた経験が、後に慶應SFCの面接で語られる「失敗しても起き上がる力」の原点になった。

卓球の実体験が「スポーツとジェンダー」という探究テーマになるまで

佐久間さんの研究テーマは、6年間の部活動経験から自然に生まれたものだった。中高一貫校で女子1人だった経験が大きな原体験となり、男子スポーツに焦点が当てられがちな現状への疑問が芽生えていった。自分もインターハイや国体で成績を残したのに、男子ほど注目されない現実。「なぜ差別されてしまうのか」という問題意識は、他の誰でもない佐久間さん自身の体験から出発していた。

テーマの方向性が定まる決定的なきっかけになったのが、東京オリンピックでの水谷隼選手と伊藤美誠選手のミックスダブルス優勝だった。普段は男子と女子で話が合わないことが多い卓球界で、ミックスダブルスの試合が生んだ一体感を目の当たりにした。「男女の壁を超えて一緒にできる」という混合スポーツの魅力を実感した瞬間だった。

この体験をもとに、佐久間さんは「スポーツとジェンダーの掛け合わせ」を研究テーマに設定した。さらに、単に社会学的な分析にとどまらず、「男女混合スポーツの普及をどうビジネスとして成立させるか」という経営の視点を加えた。スポーツ×ジェンダー×経営という三つの掛け合わせ。自分で調べてみると「何でもいい」研究内容だと知り、ジェンダーというテーマには明確な解決策がないからこそ、深掘りできると気づいた。

研究を深めるために、男女のスポーツに関わる研究結果を調べ、バドミントンの男女差に関する研究やLGBTQのボクシング選手の話題まで幅広く情報を集めた。SFCでジェンダーの授業をしている先生、経営系の先生、スポーツビジネスの授業の先生を調べ、この三つの分野の掛け合わせを入試で提案することを決めた。面接では教授陣が「確かにこういうことはあんまりやってないよね」と共感を示した。それほどにオリジナルなテーマ設定だったのだ。

スポーツ推薦を全て断り、慶應SFC総合型選抜を選んだ理由

高校2年生の夏。インターハイと国体に出場した佐久間さんのもとに、慶應の卓球部関係者から勧誘が入った。それまで医療系(薬学部・看護学部)を志望していた佐久間さんは、このとき初めて「総合型選抜」という言葉を知った。生徒会活動もしていたため、総合型選抜を勧められたのだ。

高校3年生になると、筑波大学、早稲田大学、順天堂大学からスポーツ推薦の声が次々とかかった。全国レベルの卓球実績があれば、スポーツ推薦で有名大学に進学する道は開かれている。普通なら飛びつくような話だ。しかし佐久間さんは、すべてを断った。

「せっかく勉強6年間やってきたのに、スポーツは違う」。この一言に、佐久間さんの6年間の覚悟が凝縮されている。スポーツ推薦はスポーツ系学部に限定され、途中で競技をやめることもできない縛りがある。小学6年生の時に四天王寺を断り、「卓球だけじゃない人生」を選んだあの日と同じ判断軸が、6年後にもぶれなかった。学校の指定校推薦枠はMARCHレベルまでしかなく、慶應にはスポーツ推薦自体が存在しない。だからこそ、慶應SFCの総合型選抜が佐久間さんにとって唯一の道だった。

しかし、学校には総合型選抜の知見がある先生が1人もいなかった。栃木県宇都宮市という地域にも、総合型選抜に対応した塾はほとんどない。一般入試の塾は多数存在するが、総合型選抜の書類作成や面接対策を教えてくれる場所は見つからなかった。「本当に何もわからなかった」と佐久間さんは振り返る。前年は学校から2人が総合型選抜に挑戦し、2人とも不合格だったという事実も、不安に拍車をかけた。相対評価で基準が不透明な恐怖。何が正解なのか誰も教えてくれない未知数の状況に、佐久間さんは飛び込む覚悟を決めた。

慶應卓球部の先輩と担任の先生――「自分にしかできない受験」を支えた人たち

塾に通わない代わりに、佐久間さんが頼ったのは「人」だった。慶應卓球部の英語担当関係者から指導を受け、卓球部で総合型選抜に合格した先輩からは1対1で指導を受けた。担任の先生には「何でもいいんで質問をお願いします」と頼み込み、質問攻めにした。

「自分にしかできない受験だと思って」。この言葉が示すように、佐久間さんの受験対策は完全にオーダーメイドだった。自己推薦書は2cm近い厚さになり、書類の中身は基本的に知り合いに見てもらう程度で仕上げていった。圧迫面接の練習では最初は泣きながらやった。資料の見返しと食い違いチェックを繰り返し、深掘り対策を重視した。周りにサポートしてくれる人がいたからこそ成立した、地方ならではの総合型選抜対策だった。

インターハイ3年連続・国体ベスト4の実績と生徒会活動を総合型選抜の武器に変えた戦略

佐久間さんの卓球実績は圧倒的だった。小学生でシングルス全国ベスト8、団体戦全国優勝と準優勝。中学では県1位、関東大会出場。高校ではインターハイ3年連続出場でベスト32、国体ベスト4、県大会優勝。小学生から高校3年生まで途切れることのない全国レベルの実績が並ぶ。

しかし、これだけのスポーツ実績があるだけでは慶應SFCの総合型選抜は突破できない。重要なのは、実績を「研究テーマ」と「大学での学び」にどう接続するかだ。佐久間さんは、教授の名前をGoogleスカラーで調べ上げ、ジェンダーの授業をしている先生、経営系の先生、スポーツビジネスの先生を特定した。三つの分野の掛け合わせを具体的な教授名とともに提案したことで、「SFCで何を学びたいか」の解像度が格段に上がった。

さらに、佐久間さんには卓球以外の武器があった。運動部は基本的に生徒会活動をしないという学校の暗黙のルールを破り、積極的に生徒会に参加していたのだ。「運動部なのに生徒会をやる」という行動は、佐久間さんの視野の広さと行動力を象徴するエピソードだった。卓球の全国レベルの実績、生徒会活動、そして部活を自らゼロから新設した経験。この三つの柱が、総合型選抜の書類に圧倒的な厚みを与えた。

面接でパニック、そして「面接官と笑って終わった」合格本番の全記録

受験スケジュールは過密だった。早稲田大学がSFCより全体的に早いスケジュールで進み、SFCは夏休み終了直前に一次書類審査が行われた。佐久間さんは慶應SFCに加え、早稲田大学社会科学部の自己推薦と早稲田大学スポーツ科学部にも出願していた。

面接本番では、思わぬトラブルが起きた。最初の質問に対して、違う答えを出してしまったのだ。頭が真っ白になり、パニックになってテンパった。しかし佐久間さんは、途中で自分の間違いに気づくと「すいません、もう一回」と正直に言い直した。この瞬間のリカバリーこそが、佐久間さんの「素直さ」と「失敗しても起き上がる力」を最も端的に示すエピソードだった。圧迫面接の練習で何度も泣いた日々が、ここで生きた。想定外のことが起きても、立ち止まらずに立て直す力は、繰り返し厳しい練習を重ねた中でしか身につかない。

面接では研究テーマの独自性が大きな反響を呼んだ。スポーツとジェンダーの掛け合わせに経営の視点を加えた提案に対して、教授が「確かにこういうことはあんまりやってないよね」と共感を示した。佐久間さん自身の原体験——男子部活で女子1人だったという6年間の経験——が、テーマに圧倒的なリアリティを与えていたのだ。資料の見返しと食い違いチェックを徹底したことで、書類と面接の間に矛盾がなかったことも評価されたはずだ。

面接が進むにつれて、佐久間さんは緊張から解放されていった。最終的には「面接官と笑って終わった」。佐久間さんは「これは来たと思って」と確信し、合格の手応えについて聞かれると「百パーだと思います」と笑顔で言い切った。最初にパニックで間違えた受験生が、最後には笑顔で面接を終える。この変化の幅こそが、佐久間さんの人間としての強さを物語っている。

SFC合格発表後、早稲田大学の二次試験は受験しなかった。合格の知らせを受けたとき、親と先生が泣いて喜んだ。学校史上初の慶應合格者(女子)として、佐久間さんの名前は文星芸術大学附属高等学校の歴史に刻まれた。総合型選抜の知見がなかった学校に、新しい道筋が生まれた瞬間でもあった。

慶應SFCに評価された3つの軸
――研究テーマの独自性・原体験の説得力・多角的な視点

佐久間さんの合格を分析すると、慶應SFCが評価したポイントは大きく三つに整理できる。

一つ目は「研究テーマの独自性」だ。スポーツとジェンダーの掛け合わせは、それ自体は珍しくない。しかし佐久間さんの場合、中高6年間で女子1人として男子部活に身を置いた実体験が裏付けとしてある。そこに経営の視点を加えた三つの掛け合わせは、面接官が「あんまりやってないよね」と認めるほどの独自性を持っていた。

二つ目は「原体験の説得力」だ。男女差別を実際に感じた経験。同じように成績を残しても評価に差がある現実を肌で知っていること。体験に基づく問題意識の明確さは、机上の議論とは比較にならない説得力を生む。佐久間さんの志望理由書が強かったのは、テーマが「自分ごと」だったからだ。

三つ目は「人物面」だ。素直さ。やってきたことに嘘がない姿勢。面接でパニックになっても即座にリカバリーする力。自分のことをしっかり話せる力。そして何より、ゼロイチで何かを生み出そうとする意欲。卓球部を新設した経験、運動部なのに生徒会に参加した行動力、事業立ち上げという将来ビジョン。すべてが「この学生はSFCで伸びる」という評価につながった。

「大学は将来を広げるためにある」――佐久間芽生からのメッセージ

慶應SFC入学後、佐久間さんは新しいステージに立った。卓球部で週6日の練習を続けながら、国際寮で留学生たちと英語でコミュニケーションを取る生活が始まった。栃木県の中高一貫校で6年間を過ごした佐久間さんにとって、留学生だらけの国際寮は全く新しい世界だった。電車で40分かけて通学しながら、課題と事業の構想を練る日々。進学校の中高一貫校で女子1人の部活を続けた高校生は、大学でもまた「進学校なのに全国レベルの卓球選手」「体育会系なのに起業」という意外な掛け合わせを体現している。

卓球場経営という事業立ち上げの準備も進めている。卓球場経営で資金を作り、地域部活動支援へと展開する構想だ。中学校の部活動が地域に移行する問題が全国で広がる中、自分がゼロから部活を作った経験を持つ佐久間さんだからこそ見える課題がある。「部活だけでなく他のこともやっていこう」という考えを、卓球界に広めたい。スポーツの男女差別をすぐになくすのは無理でも、いずれ大人になって社会に貢献したいという長期的なビジョンがある。

「総合型選抜を受けられる人がそもそもまずすごい」。佐久間さんはこう言い切る。過去にいろいろやった経験があるからこそ受けられるのであって、「それだけ受けられる自信という過去にいろいろやった経験がもうそれだけでもすごい」。楽をしているという周りの声は気にしなくていい。一般と総合で迷っているなら、総合に挑戦してほしい。

「古い価値観にとらわれるのはもったいない」。この言葉は保護者にも向けられている。スポーツか勉強かという二択ではなく、両方を武器にできる入試が総合型選抜だ。「自分が本当にその競技をやりきる覚悟があるのかっていうところが大事」という自問を通じて、プロになれるのはごくわずかな人だという現実も見据えながら、別の生き方を選ぶことは恥ずかしいことではないと伝える。

塾については「周りにサポートしてくれる人がいれば、どちらでもいい。ただし1人でわからない状況なら絶対に塾を使うべき」と率直に語る。面接は自信が大事だからこそ、プロの指導が意味を持つ場面もある。佐久間さん自身は塾なしで合格したが、慶應卓球部の先輩と担任の先生という「人の力」を最大限に活用した。1人で戦おうとしないことが、総合型選抜突破の第一歩だと佐久間さんは身をもって知っている。

地方の中高一貫校で、女子1人の部活を6年間続けた高校生がいる。端っこで1人練習していた少女は、全国の舞台に立ち、スポーツ推薦を断り、学校史上初の慶應合格者になった。「自分で新しい道を切り開く」「興味があることをもうやっていこう」。この言葉の重

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Story Timeline

原体験から合格までの軌跡

原点となる体験

小学6年生

四天王寺のオファーを断った決断

全国ベスト8・団体優勝の実績を持ちながら、日本最強の卓球校・四天王寺からのオファーを断って進学校を選択。親に5回問いただされても「勉強を優先する」と答えた。

最大の転機

中学〜高校1年

女子1人で男子校の卓球部に孤立

卓球部がない学校で部活を新設し、身長140cmで男子高校生の中に混ざって練習。端っこで1人練習して帰る日々とコロナで大会中止の孤独を経験した。

実績のピーク

高校2〜3年

インターハイ・国体で慶應関係者と出会う

インターハイ3年連続・国体ベスト4の実績を積む中、慶應卓球部関係者から総合型選抜という選択肢を初めて提示される。スポーツ推薦を断り、総合型選抜へ。

合格

高3・秋

「面接官と笑って終わった」学校史上初の慶應合格

スポーツとジェンダーの研究テーマで出願。面接でパニックからリカバリーし、面接官と笑って終了。「百パーだと思います」の直感通り、学校史上初の慶應合格。

Message

塾長からのメッセージ

上林山 大吉

上林山 大吉

慶教ゼミナール 塾長

京都大学経済学部に総合型選抜で合格。自身の経験をもとに、受験生一人ひとりの「言葉」を磨くサポートを行っています。

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