
このまま私は中卒になってしまう
そんな危機感を抱えながら、高校の退学届を提出した。都立国際高校に1年半通った後、カナダの公立高校で卒業するという決断。大学に入れなければ、最終学歴は中学卒業になる。それでも、「どうしてもここで卒業したい」という思いが勝った。
永冨礼さんは、5歳からレスリングを始め、中学時代には全国3位の実績を持つアスリートだ。しかし彼女を形作ったのは、競技だけではない。中学時代、冬のタイツ着用禁止という理不尽な校則に疑問を持ち、3年間にわたって学校と闘い続けた。12歳で心を病み、声が出なくなるほど追い詰められながらも、卒業2か月前についに校則改正を実現させた。
都立国際高校に入学したのは、校則がない自由な環境を求めてのこと。入学初日に髪を染め、ランドセルで通学するほど個性を貫いた。そして、東京都の留学プログラムでカナダへ。予定していた1年間の留学を延長し、高校退学という決断に至る。
カナダでは、ホストファミリーの娘がレスリングをしていた偶然から、競技を再開。カナダチャンピオンの座を掴み、言語の壁も乗り越えた。そして、GIGA入試という海外在住者向けの総合型選抜で慶應義塾大学総合政策学部に合格。現在は体育会レスリング部に所属しながら、アスリート向けキャリア教育の学生団体を立ち上げている。
「自分の色を出すことが一番大事」と語る永冨さんの、校則改正から海外高校卒業、そして慶應SFC合格までの軌跡を追う。
この記事でわかること
- 都立国際高校を退学し、カナダ高校卒業を経て慶應SFC GIGA入試に合格するまでのストーリー
- 校則改正3年間の闘いとレスリング継続15年が形成した「一貫性」の作り方
- 高校退学・中卒リスクという逆境を乗り越えた決断のプロセス
- GIGA入試の出願書類(エッセイ・PR動画)の具体的な作成戦略
こんな人におすすめ
- 海外高校から日本の大学を目指している人
- スポーツ経験を総合型選抜で活かしたい人
- 高校での留学延長や進路変更を検討している人
- 塾なしで総合型選抜に挑戦しようとしている人
合格ポイント
15年間のスポーツ継続が一貫性を証明
5歳から始めたレスリングを、日本→カナダと環境が変わっても継続。困難を乗り越える力と一貫性が評価された。
校則改正3年間の「声を上げる力」
理不尽な校則に疑問を持ち、3年間粘り強く行動し続けた経験が、問題発見能力とリーダーシップの証明になった。
スポーツ経験を研究テーマに昇華
カバディの経験から「スポーツを通じた貧困脱却」という独自の研究テーマを設定。実体験に基づく説得力があった。
高校退学という覚悟が本気度を示した
「中卒になるリスク」を受け入れてまで留学延長を決断。この覚悟が、挑戦精神と適応力の証明になった。
ー合格者ポイントー
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 永冨 礼 |
| 氏名(ひらがな) | ながとみ れい |
| 合格大学・学部 | 慶應義塾大学 総合政策学部 |
| 入試方式 | GIGA入試(冬AO入試) |
| 出身高校(正式名称) | 都立国際高校(1年まで)→ Frances Kelsey Secondary(カナダ) |
| 出身校の文理区分 | 文系 |
| 部活 | レスリング |
| 総合型選抜開始時期 | 3年から |
| 併願 | 総合型のみ(上智大学不合格) |
| 塾の利用 | 無 |
| 英検取得状況 | 準1級 |
| 主な活動 | レスリング(中学全国3位・カナダチャンピオン)、カバディ(日本代表候補)、校則改正運動(3年間)、カナダ留学(2年間) |
| 受験対策 | 800ワードエッセイ、自己推薦書2ページ、3分間PR動画(レスリング映像使用)、プレゼン資料4つ、現地教師の添削サポート |
| 現在の状況 | 大学2年生(2022年秋入学)、体育会レスリング部所属、アスリート向けキャリア教育の学生団体代表 |
5歳からのレスリングと校則改正3年間|原体験と問題意識


永冨礼さんは5歳からレスリングとピアノ・歌を始めた。両親は教員一家で、父親は体育教師でアメリカで高校・大学を卒業した経験を持つ。母親は英語教師。「おかしいと思うことに声を上げろ」という父親の教育方針のもとで育った。
レスリングは10年以上継続し、中学時代には全国3位の成績を収めるまでになった。しかし、永冨さんの原体験として最も大きいのは、中学校での校則との闘いだった。
中学校は校則が非常に厳しい学校だった。中でも永冨さんが疑問を持ったのは、「冬のタイツ着用禁止」というルール。寒い冬に素足でいなければならない理不尽さに、彼女は「なぜダメなのか」と問い続けた。
「ルールだから」に3年間反発し続けた中学時代
ルールだからという回答に3年間反発した
永冨さんは生徒会活動を通じて、学校との交渉を重ねた。しかし、返ってくる答えは「ルールだから」の一点張り。それでも諦めなかった。保護者に署名活動への協力を求め、地域の議員を巻き込んだ活動も展開した。
しかし、その代償は大きかった。
「12歳で心を病んでしまって、声が出なくなる」
教職員室の前に立つと呼吸が浅くなり、声が出なくなる。12歳にして心身に影響が出るほど追い詰められていた。それでも、「疑問を持ち続けられる人間でいたい」という思いが、彼女を動かし続けた。
そして、卒業2か月前。ついに校則改正が実現した。冬のタイツ着用が認められるようになったのだ。3年間の闘いは、「声を上げれば変えられる」という確信と自信を永冨さんに与えた。
この経験が、後の留学決断や総合型選抜でのアピールポイントとなる「問題発見能力」と「行動力」の原点になっている。
都立国際高校からカナダ留学へ|自由を求めた選択


中学での経験から、永冨さんは「校則がない、自由な環境」を求めて高校を選んだ。選んだのは都立国際高校。海外経験者が多く、多国籍な学生構成で、個性的な学生が受け入れられる文化がある学校だった。
入学後すぐに髪を染め、ランドセルで通学した。妹のランドセルも借りて日替わりで使うほど、個性を貫く姿勢は徹底していた。都立国際高校なら、そんな通学スタイルも受け入れられた。
この頃、永冨さんはレスリングを一度やめる決断をする。代わりに始めたのがカバディだった。きっかけは妹が好きだった漫画「灼熱カバディ」。体験会に参加してみると、レスリングと鬼ごっこを融合したようなスポーツに魅了された。
カバディ日本代表候補という意外な挑戦
新しく始めたカバディで、永冨さんは日本代表候補にまで選ばれた。インドの国技であるカバディは、オリンピック並みの経済効果をインドにもたらしているという。この経験が、後の研究テーマ「スポーツを通じた貧困脱却」につながっていく。
同時期、永冨さんは東京都の留学プログラムに応募し、合格。1年間の研修を受け、毎月レポートを提出し、最終的には長い論文も作成した。
「もっといろんな世界を見たいという気持ちがあって」
そして、カナダの島への留学が始まる。バンクーバーから車1時間、さらにフェリーで2時間かかる場所。一番近いスーパーまで徒歩1時間という田舎だった。
カナダ留学|言語の壁とレスリングによる転機

カナダに到着した永冨さんを待っていたのは、想像以上の困難だった。
「最初の3か月は何を言ってるのかも何もわからなかった」
日本で英語を学び、ある程度の自信を持って渡航したはずだった。しかし、現地の英語は全く通用しなかった。授業についていけない、友達もできない。娯楽施設もない田舎で、孤立した日々が続いた。
ホストファミリーはカナダ人の両親と子供3人の5人家族。温かい家庭だったが、言葉の壁は厚かった。
「何を言ってるのかも何もわからなかった」最初の3か月
転機は、留学2か月後に訪れた。ホストファミリーの娘がレスリングをしていることが判明したのだ。
「レスリング、やってみない?」
この一言が、全てを変えた。永冨さんはレスリングチームに参加し始めた。週3〜4回の練習、土日は試合でバンクーバーへ。小さい子供たちへのコーチング補助も行った。
レスリングは言葉がなくても技術で通じるスポーツだ。マットの上では、永冨さんは全国3位の実力を発揮できた。地域コミュニティに溶け込み、友達ができ、英語を使う機会が増えた。既存のスキルが、新しい環境への適応ツールになることを実感した瞬間だった。
そして2年目、永冨さんはカナダでレスリングチャンピオンの座を掴む。言語の壁を越え、異国の地で頂点に立った。
高校退学・中卒リスクを乗り越えた決



当初の予定は1年間の留学だった。しかし、カナダでの生活が充実するにつれ、永冨さんの中で一つの思いが強くなっていった。
「どうしてもここで卒業したいという思いがあった」
留学を延長するには、都立国際高校を退学する必要があった。それは大きなリスクを伴う決断だった。
「どうしてもここで卒業したい」という覚悟
「このまま私は中卒になってしまうという危機があった」
海外の高校で卒業しても、日本の大学に入れなければ最終学歴は中学卒業。父親からは「大学のめどを立ててから」という条件を出された。
しかし、永冨さんの覚悟は固かった。父親自身がアメリカで高校・大学を卒業した経験を持っていたこともあり、最終的には家族が理解を示してくれた。2年目の留学費用は自費。親が負担することになったが、それでも「ここで卒業したい」という思いを貫いた。
都立国際高校に退学届を提出した。中卒リスクを受け入れた上での決断だった。
この時期、カナダでの生活は充実していた。レスリングでチャンピオンになり、様々な課外活動に参加し、友人関係も築けていた。「いろんな世界を見たい」という当初の目標は、着実に実現されていた。
GIGA入試|10か月の受験戦略と出願書類
カナダで大学受験を意識し始めた永冨さんは、志望校を探し始めた。中学時代、好きだった歌手がSFCにAO入試で合格したという話を聞いていたこともあり、SFCには「夢みたいな大学」という印象を持っていた。
調べていくうちに、GIGA(Global Information and Governance Academic)プログラムを発見する。海外在住者向けで、日本に来る必要がない。全て英語での受験・学習が可能。永冨さんの状況にぴったりだった。
ただし、帰国子女入試は3年以上の海外経験が条件。永冨さんは2年だったため、その選択肢は使えなかった。カナダの大学からはレスリング推薦の声もかかったが、競技を続ける意思はなかった。
出願書類の構成は、エッセイ800ワード(英語)、自己推薦書2ページ、3分間のPR動画、そしてオプショナルのプレゼン資料4つだった。
レスリング動画を使った3分間PR動画
書類作成には10か月間を費やした。高校入学時から継続的に活動の材料を集め、高校3年時に集中して完成させた。
研究テーマは「スポーツを通じた貧困脱却」に設定。カバディがインドでオリンピック並みの経済効果を持つことから着想を得た、独自のテーマだった。地域に根ざした国技の経済利用による貧困解決という仮説を立てた。
PR動画は面接の代わりになる重要な書類だった。永冨さんは実際のレスリング動画を素材として使用し、自分で編集作業を行った。志望理由と研究計画を3分間に凝縮した。
サポート体制は限られていた。塾には通わず、現地高校の教師(カナダ人だが日本の受験制度に詳しい)がエッセイを添削してくれた。先輩や知り合いからもアドバイスを得ながら、独学で書類を完成させた。
併願校は上智大学。英語で授業が受けられる学部を受験したが、SAT(アメリカの共通テスト)の点数不足で不合格に終わった。基礎学力試験への対策不足を痛感した。SFCの合格発表前に上智の不合格が決まり、「中卒になるかもしれない」という不安が再び頭をよぎった。
そしてカナダの自室で、SFCの合格発表を確認した。合格。2年間の覚悟と努力が、ついに実を結んだ瞬間だった。
総合型選抜で評価された一貫性と挑戦
永冨さんが総合型選抜で評価されたポイントを分析すると、いくつかの要素が浮かび上がる。
活動面では、多様なスポーツ経験が光った。レスリングは5歳から15年以上継続し、中学全国3位からカナダチャンピオンまで成長。カバディは短期間で日本代表候補にまで上り詰めた。校則改正運動では3年間リーダーシップを発揮し、地域コミュニティへの参加も積極的に行った。
思考面では、問題発見能力と批判的思考が評価された。校則への疑問から始まり、スポーツと貧困の関係性という独自の研究テーマを見出した。論理的に仮説を立て、検証するプロセスも示せていた。
人物面では、挑戦精神と適応力が際立った。高校を退学してまで留学を継続する決断。言語の壁を乗り越えた留学生活。異文化環境での生活経験が、多様性への理解を深めていた。
「自分の色を出すことが一番大事」
「一番大事なことは、いかに自分の色を出せるか」
永冨さんは、総合型選抜の本質をこう語る。
「わざわざ総合型を作る理由は個性を見るため」 「難しい文章や言葉はAIでもできる」 「AIができることではなく、自分にしかできないことを」
18年間の経験を、自分の言葉で表現すること。それが総合型選抜で評価される要素だという。スポーツ経験から研究テーマへ、多様性重視から国際的環境選択へ、問題意識から行動力へ。全てが一貫した軸でつながっていた。
この一貫性こそが、永冨さんの最大の武器だった。
合格後と受験生へのメッセージ

永冨さんは2022年秋に慶應SFCに入学した。現在は大学2年生で、体育会レスリング部に所属しながら、学業と両立している。GIGAプログラムでは全授業を英語で受講可能で、学生の半分が外国籍または海外ルーツ。毎週プレゼンの授業もあり、英語力は向上し続けている。
大学入学後、永冨さんは学生団体を立ち上げた。アスリート向けキャリア教育を行う団体で、メンバーは7人。SFC生だけでなく、他大学生やレスリング部の先輩も参加している。対象は本格的にスポーツに取り組む中高生アスリート。自己分析ワークショップやキャリア設計支援を通じて、「スポーツ推薦で進学する学生の多面的成長」を支援している。
「スポーツしかないからではなく、スポーツを通してこんなことができるから」
この言葉に、永冨さんの社会貢献ビジョンが凝縮されている。10年以上スポーツに打ち込んできた経験を、競技引退後も社会で活かせるようにしたい。「1分1秒でも長く練習した人が強いという風潮」の中で、競技以外の自分と向き合う時間がないアスリートは多い。だからこそ、スポーツで得たスキルを言語化し、社会で活かす方法を伝えたいのだという。
将来は教育分野に関心を持っている。教職ではない形での教育参画を模索中。ネパールやインドなど発展途上国の現地視察への関心もある。就職活動は秋入学のため1年遅れになるが、同期と一緒に実施予定だ。
最後に、総合型選抜を目指す受験生へのメッセージを聞いた。
「これまでたくさんのことを頑張ってきた自分を誇らしく思ってほしい」 「総合型を受けるのはものすごく勇気のいること」 「18年間いろんな経験をした方しか受験できない入試方法」
塾について聞くと、「あったらよかった、もっといいものが作れた」と語った。機会に恵まれていないと孤独な戦いになる。みんなが同じサポートを受けられるために塾があると安心、とも。永冨さん自身は塾なしで合格したが、サポート体制があればより良い書類が作れたかもしれないと振り返る。
「疑問を持ち続けられる人間でいたいな」
校則改正から始まった「声を上げる力」。高校退学という覚悟。カナダチャンピオンという成果。そして慶應SFC合格。永冨礼さんのストーリーは、「自分の色を出すこと」の重要性を体現している。
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塾長
京都大学 経済学部 経済経営学科卒
東大寺学園高等学校卒。
総合型選抜(AO入試)にて京都大学経済学部に現役合格。
高校時代は生徒会長として学校運営に携わる。
知性を競う全国放送のクイズ番組「Qさま!!」出演。
総合型選抜は、単なる「AO 入試」ではなく、あなたの人生経験すべてが評価される、最も公平な入試形式です。逆転合格の扉は、あなたにも開かれています。
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