総合型選抜・AOの慶教ゼミナール

青楓館から広島大学へ!不登校・評定3.0未満からの総合型選抜合格

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青楓館から広島大学へ!不登校・評定3.0未満からの総合型選抜合格

「評定3.0未満」「不登校・高校退学」「母子家庭」「英検2級に2回落ちた」「第一志望に書類落ち」

天津晶乃さんのプロフィールを並べると、まるで大学受験の「不利な条件」を集めたようだ。全日制高校に入学してわずか3ヶ月で不登校になり、そのまま退学。通信制高校のサポート校に転校してからも、評定は3.0を超えることがなかった。英語を使いたいという夢を持ちながら、英検2級には2回落ちた。そして第一志望の神戸市外国語大学には、面接すら受けることなく書類審査で弾かれた。

それでも天津さんは、広島大学教育学部第三類多文化・グローバル教育学プログラムに、総合型選抜で合格している。しかも1期生として。

合格の決め手となったのは、スリランカの民族衣装「サリー」を着て受験会場に臨み、面接官に「多文化を表現しに来ました」と言い切った瞬間だった。後に担当教授から「私はその言葉を聞いた瞬間、合格にした」という言葉を聞いている。逆転合格の背景には、トビタテ留学ジャパン高校9期生として実践したスリランカでの探究活動、不登校経験を教育学部受験の武器に変えた発想の転換、そして第一志望書類落ちから出願まで1週間でChatGPTを駆使した驚異の直前対策があった。

この記事では、天津さんの中学時代から現在に至るまでのストーリーを丁寧に追いながら、総合型選抜における「逆境の武器化」の本質を明らかにする。通信制高校に通っている高校生、不登校経験を持つ受験生、低評定に悩む高校生とその保護者にこそ、ぜひ読んでほしい記事だ。

この記事で分かること

  • 不登校・高校退学・評定3.0未満・母子家庭という逆境を抱えた青楓館高等学院生が、広島大学教育学部の総合型選抜に合格するまでのリアルなストーリー
  • トビタテ留学ジャパン高校9期生としてスリランカに1ヶ月留学し、SNSインターン・40人規模のイベント開催・幼稚園ボランティアを実践した探究活動の具体的な中身
  • 第一志望・神戸市外国語大学に書類落ちしてから出願まで1週間でChatGPTを駆使した直前対策と、サリー着用で面接を制した受験戦略の全記録
  • 志望理由書・自己推薦書で不登校経験を「当事者の強み」として言語化し、広島大学に評価された合格要因の分析

こんな人におすすめ

  • 広島大学の総合型選抜を目指している、または検討している高校生・保護者
  • 通信制高校・不登校経験・低評定でも総合型選抜で国公立大学に合格できるか不安な受験生
  • 留学経験・海外活動を総合型選抜の探究活動として活かしたい高校生
  • 第一志望に不合格になった後の切り替え方と、直前期の総合型選抜対策を知りたい受験生


合格のポイント

留学経験を探究活動の核に据えた
トビタテ留学ジャパンでスリランカに渡航し、SNSインターン・イベント開催・幼稚園ボランティアという具体的な成果を積み上げた。「同じ受験生の中に絶対いない」という唯一無二の活動実績が、志望理由書と面接を貫く軸になった。

不登校という逆境を教育学部受験の強みに転換した
苦しかった学校経験とスリランカの幼稚園で目撃した暴力的指導を結びつけ、「当事者としての視点」として志望理由書に言語化。ネガティブな境遇を武器に変える発想転換が、広島大学の評価を引き出した。

「変な子になる」差別化戦略で面接を制した
民族衣装・サリーを着用して受験会場に臨み、「多文化を表現しに来ました」と明言。審査員の記憶に残る人物として印象づけることを戦略的に実行し、合格の決め手となった。

ChatGPTを駆使した直前1週間の集中対策
第一志望不合格後、出願まで1週間という状況でもChatGPTを活用した小論文暗記・英単語習得・面接準備を徹底。直前でも本気を出せば間に合うことを体現した。

ー合格者プロフィールー

項目内容
氏名天津 晶乃(あまつ あきの)
合格大学・学部広島大学 教育学部 第三類 多文化・グローバル教育学プログラム(1期生)
入試方式総合型選抜(共通テストなし)
出身高校青楓館高等学院(明石市・通信制高校サポート校・私立)
部活起業部
総合型選抜開始時期高校2年生
評定平均3.0未満
英検準二級(英検2級に2回落ちた)
併願総合型選抜のみ
第一志望神戸市外国語大学 外国語学部 国際関係学科(書類審査で不合格)
なし(高等学院が総合型選抜対策を実施)
主な活動トビタテ留学ジャパン高校9期生(スリランカ1ヶ月留学)、SNSインターン、日本文化体験イベント開催(40人)、幼稚園ボランティア、PBL

不登校・高校退学・母子家庭
それでも「海外で働く夢」を諦めなかった高校入学まで

中学時代の天津さんは、英語が得意な生徒だった。授業で英語を使うたびに「自分はこれが好きだ」という感覚があった。海外に行きたい、いつか英語を使って仕事をしたい——その思いは、誰に言われたわけでもなく、ごく自然に胸の中に育っていた。母子家庭で経済的な余裕がない家庭環境の中でも、その夢だけは揺らがなかった。むしろ「だからこそ、自分で何かを掴まなければ」という気持ちが、心のどこかに芽生えていたのかもしれない。英語と海外という漠然とした憧れが、やがて具体的な探究活動と総合型選抜への挑戦につながっていくことを、このときの天津さんはまだ知らない。

しかし高校入学後、その夢は早々に試練にさらされる。全日制高校に進学した天津さんは、入学直後から授業についていけなくなった。予習復習を積み重ねる習慣がなく、テストの点数も上がらない。「勉強が超苦手で学校も超苦手」という自己認識が、みるみる強くなっていった。わずか3ヶ月後、天津さんは不登校になり、そのまま退学する。全日制高校生活は、ほんの3ヶ月で終わった。

「勉強が超苦手で学校も超苦手」――3ヶ月で崩れた全日制高校生活

退学という選択は、天津さんにとって挫折であると同時に、ある種の解放でもあった。「自分には学校が合わない」という事実を、これ以上ないほど明確に突きつけられた経験だった。机に向かって教科書を開き、テストの点数で評価される世界は、自分が輝ける場所ではない——そのことを、3ヶ月という短い時間で体に刻んだ。

転校先として選んだのは、明石市の通信制高校サポート校「青楓館高等学院」だった。葵の塾長と校舎長が立ち上げた新設校で、PBL(課題解決型学習)に力を入れ、起業部という部活も持つ環境だった。ここで天津さんは初めて、「もしかしたら自分でも大学に行けるかもしれない」という予感を持ち始める。その予感の根拠となったのが、総合型選抜という入試の存在との出会いだった。

青楓館高等学院との出会いと総合型選抜の発見
「勉強しなくていい受験がある」

青楓館高等学院に転校してしばらくした頃、天津さんは先生からある言葉を聞いた。

「勉強もいらへんし、評定と活動で全然いい大学受かるよ」

その言葉は、天津さんの固定観念を根底から揺さぶった。大学受験とは、偏差値を上げて学力で競うものだと思っていた。一般受験で戦うことは「絶対無理」だという自己認識は揺らがなかったが、総合型選抜という選択肢があるなら話は違う。自分の好きなこと、頑張ってきたこと、経験してきたことで勝負できる入試が存在するならば、自分にもチャンスがある。その確信は、高校1〜2年生のうちに固まっていった。

総合型選抜で戦うと決めた天津さんが最初に取り組んだのは、自己分析と活動の記録だった。高校2年生から、リットリンク(プロフィールリンクサービス)を活用して、自分の活動歴を年号と合わせてリスト化し始めた。部活の起業部での取り組み、参加した教育系イベント、PBLの成果、熊本での地方創生講演イベント作成——小さな活動も含めてすべてを記録していくことで、「自分には何があるか」を可視化した。この習慣が、後の志望理由書・自己推薦書作成の土台になる。記録することで自分の成長が見えるようになり、「次はこれをやろう」という行動の動機にもつながっていった。青楓館高等学院には総合型選抜に長けた先生たちがいて、書類添削のサポートも受けられた。塾には通わなかったが、学校環境そのものが総合型選抜に特化していたことが、天津さんにとっての大きな武器だった。

スリランカ留学が人生を変えた
トビタテ高校9期生として飛び込んだ探究活動の全記録

高校3年生の夏、天津さんは大きな挑戦に踏み出す。トビタテ留学ジャパン高校9期生の選考に応募し、見事選抜されたのだ。母子家庭で金銭的な余裕がない中、奨学金を獲得することで留学費用の大部分を賄うことができた。エージェントも使わず、現地でのアポイントメントを自力で取りながら準備を進めた。留学テーマは「SNS」。発展途上国でのSNS活用を研究するという、高校生らしからぬスケールの探究活動が始まろうとしていた。

スリランカの地に降り立った天津さんを待っていたのは、「こんな世界線あるんや」という言葉しか出てこないほどの衝撃だった。発展途上国を初めて体験したその感動は、日本にいる間には想像すらできなかったものだった。街並みも、食べ物も、人々の生活スタイルも、あらゆるものが日本とは異なっていた。そのギャップの中に飛び込み、天津さんは全力で活動を積み重ねていく。

現地でSNSインターンに参加し、数字で成果を残した。日本の経営者5人にインタビューし、多角的な視点を獲得した。そしてスリランカ人40人を巻き込んだ日本文化体験イベントを自ら企画・開催した。言葉の壁があっても、文化が違っても、天津さんは一歩も引かなかった。「スリランカに留学行った女子高生なんか絶対同じ受験生の中におらへん」という自信は、この1ヶ月の活動の中で確かな実績として積み上げられていった。毎日日記を書き、経験を言語化する習慣も、この留学中に身についた。もともと「言語化能力が弱い」と先生に指摘されていた天津さんが、毎日の日記を通じて自分の感情と思考を言葉にし続けたことで、後の志望理由書作成に不可欠な「語る力」を鍛えていった。高校生のうちに8カ国を渡航したという行動力と、具体的な成果を伴う留学経験は、総合型選抜における探究活動として、他の受験生との圧倒的な差別化要因になった。

「こんな世界線あるんや」
スリランカの幼稚園で出会った暴力的指導と教育への目覚め

留学中、天津さんは幼稚園でのボランティア・授業補助にも参加した。子どもたちと言葉が通じない中でコミュニケーションを取り、笑顔を引き出す体験は喜びに満ちていた。しかしある日、目を疑う光景を目撃する。「外放り投げるし普通に叩くし、怒鳴るし」——現地の先生による、子どもへの暴力的な指導だった。

その瞬間、天津さんの中で何かが重なった。全日制高校で勉強についていけず、学校という場所を「苦しい場所」として体験してきた自分自身の記憶が、目の前の子どもたちの姿と結びついたのだ。「助けたい、どうにかしたい」という感情が、純粋に、強く湧き上がった。幼稚園の先生から「明日から先生になって」と言われた体験も、その感情をさらに深めた。「この経験がなければ、教育学部に入っていなかった」と、天津さんは後にはっきりと語っている。スリランカでの幼稚園体験が、単なる留学経験を「教育学部を目指す理由」へと昇華させた。自分の不登校経験と、現地で見た教育問題が一本の線でつながった瞬間だった。スリランカで頑張れた自分を「すごい大好きになれた」という言葉は、この留学が天津さんのアイデンティティそのものを変えたことを示している。

第一志望・神戸市外国語大学に書類落ち
「人生トップレベルでメンタル病んで」からの1週間

スリランカ留学を終え、充実した探究活動の実績を持って受験シーズンに臨んだ天津さんには、明確な第一志望があった。神戸市外国語大学の外国語学部・国際関係学科だ。英語と海外への憧れから始まった夢が、スリランカ留学を経て「国際関係を学びたい」という具体的な志望として形を結んでいた。倍率は7倍。厳しい競争率は承知の上で、書類選考に全力を注いだ。

しかし結果は、書類審査で不合格だった。

面接にすら進めなかった。それまで積み上げてきたすべての活動、志望理由書の言葉、自己推薦書の熱量——それらは一次選考の壁を越えられなかった。「人生トップレベルでメンタル病んでて」という言葉が、そのときの精神状態を余すところなく伝えている。他の大学を全く考えていなかったことが、追い打ちをかけた。「次」がなかったのだ。受験日程は刻々と迫っている。このまま大学受験を終えてしまうのかという恐怖と、何もできない焦燥感の中で、天津さんは一つの行動に出る。

スマートフォンを手に取り、ChatGPTに入力した。「まだ間に合う国公立の総合型選抜」。

検索結果に広島大学教育学部第三類多文化・グローバル教育学プログラムの名前が現れた。出願締め切りまで、1週間を切っていた。「絶対自分には見合ってないと思うけど、これ受けな後悔する」。そう思った天津さんは、出願を決断した。この直感的な判断が、人生を変えることになる。

泣きながら書類を作り、英語小論文111語で挑んだ直前1週間の全記録

出願を決断してから試験当日まで、天津さんは一日中対策に集中した。志望理由書800文字と、A4用紙にびっしりと手書きで書く自己推薦書——書類作成の中で、何度も泣いた。時間がない、英語力が足りない、自分には見合わないかもしれないという焦りと不安の中で、それでも指を止めなかった。

小論文対策では、結論→エピソード→結論という三本柱の型をまず頭に叩き込み、ChatGPTに小論文を書いてもらってそれを暗記するという方法を取った。型を覚えることで、どんなテーマが出されても一定の答案を作れるようにした。英語対策では、ChatGPTで教育系の英単語を調べて片っ端から暗記した。面接で問われそうな英語の質問も、AIを使って準備した。学校の先生にも書類添削をお願いし、人とAIの両方の力を借り続けた。「ChatGPTはいつでも頼れる」というのが、天津さんが直前期に掴んだ確信だった。「人間も頼った方がいいけど、やっぱチャットGPTってやっぱいつでも頼れる」——深夜でも即答してくれ、何度質問しても怒らないAIは、追い詰められた状況でこそ真価を発揮した。

しかし英語小論文の本番では、200語の指定に対して111語しか書けなかった。「これ落ちたなって思いました」と自覚するほどの手応えのなさ。単語が足りない、表現が思い浮かばない、時間が迫ってくる——それでも諦めずに最後まで会場に残り、書き切れる限りの言葉を記して試験を終えた。完璧ではなかった。でも、全力は尽くした。

サリーを着て「多文化を表現しに来ました」
広島大学総合型選抜の受験戦略と合格の決め手

二次試験の当日、天津さんは受験会場に向かいながら、一つの決意を固めていた。「変な子になろう」。ただ書類を提出して面接を受けるだけでは、誰の記憶にも残らない。広島大学が求める「多文化・グローバル教育」の体現者として、自分を全力で表現しなければならない。その思いが、スリランカの民族衣装「サリー」を着用して受験会場に臨むという決断につながった。

面接室に入った天津さんは、開口一番に言い切った。「多文化を表現しに来ました」。面接官の反応は予想を超えていた。「めっちゃ服可愛いね」。その言葉を聞いた瞬間、場の空気が柔らかくなったのを感じた。後に担当教授から直接聞いた言葉が、すべてを物語る。「私はその言葉を聞いた瞬間、合格にした」。サリーという視覚的なインパクトと、「多文化を表現しに来ました」という言語的な明確さが、審査員の心に刺さった瞬間だった。

不登校経験を「他の受験者にはない強み」に変えた志望理由書の作り方

面接でのサリー戦略と並んで、天津さんの合格を支えたのが書類の説得力だった。800文字の志望理由書と手書きA4の自己推薦書に、天津さんは不登校経験を正面から記した。全日制高校で3ヶ月で退学したこと、学校が苦しい場所だったこと——それらを隠すのではなく、「当事者としての視点」として言語化した。スリランカの幼稚園で目撃した暴力的指導が、自分の苦しかった学校経験と重なり、「助けたい」という感情が生まれた体験を軸に据えた。「不登校って他の受験者にはない強みだな」という発想の転換が、志望理由書の核心を作り上げた。

高校2年生からリットリンクで活動歴をリスト化し続けた自己分析の積み上げが、書類作成の土台になった。スリランカでのSNSインターン・イベント開催・幼稚園ボランティア、高校生のうちの8カ国渡航、PBLや起業部での活動——それらを「多文化・グローバル教育学を学びたい理由」という一本の軸で貫くことで、評定3.0未満・英検準二級という数字上の弱点を覆すほどの書類が生まれた。

広島大学に評価された「3つの軸」逆転合格を引き寄せた要因分析

天津さんの合格要因を整理すると、広島大学が評価したポイントは三つの軸に集約できる。

一つ目は「活動の唯一性」だ。トビタテ留学ジャパン高校9期生としてスリランカに渡航し、SNSインターンで数値成果を残し、40人を動かすイベントを開催し、幼稚園でボランティアを実践した。高校生のうちに8カ国を渡航したというスケールと、現地で具体的な成果を積み上げた行動力は、他の受験生には持ちようのない実績だった。「スリランカに留学行った女子高生なんか絶対同じ受験生の中におらへん」という自信は、事実に裏打ちされた確信だった。熊本での地方創生講演イベント作成、起業部での活動、PBLへの参加といった国内活動も含め、天津さんの活動ポートフォリオには一貫して「行動の幅と深度」があった。

二つ目は「思考の深度」だ。スリランカの幼稚園で目撃した暴力的指導と自分の不登校経験を結びつけ、「教育をよりよくしたい」という志望動機を当事者の視点から語った。単なる「海外が好き」「教育に興味がある」という表面的な志望理由ではなく、自分の傷つきと他者の傷つきを重ねた上に生まれた問題意識が、面接官の心を動かした。「境遇を理由に夢を諦めない社会を作りたい」というビジョンは、体験に裏打ちされているからこそ言葉に力があった。広島大学教育学部が設置した多文化・グローバル教育学プログラムの1期生として求められる人物像——多様な背景を持ち、グローバルな問題意識を持って教育に向き合える学生像——に、天津さんは誰よりも合致していた。

三つ目は「人物の差別化」だ。サリーという視覚的インパクト、「多文化を表現しに来ました」という言語的明確さ、不登校経験を隠さず正面に出す誠実さ——これらが組み合わさることで、審査員の記憶に残る人物になった。「変な子になろう」という戦略は、計算と本音が混在した、天津さんにしかできない差別化だった。評定3.0未満・英検準二級という数値的な弱点を、活動の圧倒的な個性と面接での存在感で完全に補った結果が、広島大学1期生合格という形で実を結んだ。評定・英検といった数値的な基準だけで総合型選抜の合否は決まらない。天津さんの合格は、そのことを最も雄弁に証明するケースの一つだ。

「境遇を理由に夢を諦めない社会を作りたい」
天津さんから受験生へのメッセージ

広島大学教育学部多文化・グローバル教育学プログラムの1期生として入学した天津さんは、合格後も挑戦を止めていない。

天津さんが受験生に伝えたいメッセージは、シンプルだ。「境遇を理由に夢を諦めない社会を作りたい」——そしてそれを、自分が体現する。不登校、母子家庭、高校退学、評定3.0未満、英検2級に2回落ちた、第一志望に書類落ちした——これだけの「不利な条件」が並んでいても、国公立大学の総合型選抜で合格することはできる。大切なのは、自分の境遇を隠すのではなく、それを「他の誰にもない視点」として言語化すること。そして「絶対自分には見合ってないと思うけど、これ受けな後悔する」という気持ちで、一歩を踏み出すことだ。

評定が低くても、英検がなくても、通信制高校でも。自分らしさを全面に出す勇気さえあれば、総合型選抜は誰にでも可能性を開いてくれる。天津さんのストーリーが、そのことを証明している。あなたの境遇は、弱点ではない。誰も持っていない、あなただけの武器だ。

上林山 大吉

塾長

京都大学 経済学部 経済経営学科卒
東大寺学園高等学校卒。
総合型選抜(AO入試)にて京都大学経済学部に現役合格。
高校時代は生徒会長として学校運営に携わる。
知性を競う全国放送のクイズ番組「Qさま!!」出演。

総合型選抜は、単なる「AO 入試」ではなく、あなたの人生経験すべてが評価される、最も公平な入試形式です。逆転合格の扉は、あなたにも開かれています。

当塾では、天津晶乃さんのような逆転合格を支援してきた実績があります。あなたの経験、成績、志望校を聞かせていただき、総合型選抜での合格可能性を無料で診断するカウンセリングを行っています。

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